第10話 フライドポテト

仕事で大きな契約が取れた日の夜、僕は少し羽目を外したくなった。

普段なら、行きつけのバーで一人静かにウイスキーを傾けるところだが、その日は、何故か彼女と騒ぎたかった。

「お祝いだ。今夜は僕が奢るから、食べたいものを何でも言ってくれ」

僕がそう言うと、彼女は少し考えて、とんでもない答えを返してきた。

「じゃあ、フライドポテト!」

僕は耳を疑った。フライドポテト? 契約金が動くような大きな仕事の成功を祝うにしては、あまりにも質素なメニューだ。

「……ステーキとか、キャビアとかじゃなくて?」

「うん。でも、二人で食べるフライドポテトが、一番美味しいと思うな」

そう言われてしまえば、僕に反論の余地はない。僕たちは、家の近くの、少し賑やかなダイナーに向かった。

店内は学生や若いカップルで賑わっている。普段、静かな個室で食事をする僕にとっては、新鮮な騒がしさだった。

僕たちは、豪勢に山盛りのフライドポテトと、コーラを頼んだ。

運ばれてきたポテトは、揚げたてで湯気が立っている。カリカリの表面と、ホクホクの中身。塩気がちょうどいい。

「わーい、乾杯!」

彼女はコーラを掲げ、僕もそれに合わせた。カチン、とグラスが鳴る。

僕はポテトを一つ手に取り、無造作に口に運んだ。彼女も同じようにポテトを頬張る。

「最高だね!」

彼女が本当に美味しそうに笑うのを見て、僕も自然と笑顔になった。

僕の仕事は、数字と見栄が常に付きまとう。大きな金額が動けば動くほど、華やかな場所で、華やかな振る舞いをしなければならない。その場では、笑顔を見せていても、心からリラックスできていることは少なかった。

でも、このダイナーで、彼女と二人で食べるフライドポテトには、そんな肩書きや見栄は一切必要ない。

ただ、熱いものを、熱いうちに。美味しいものを、美味しいと感じるままに。

僕がポテトを食べる手が止まらなくなると、彼女は、まるで僕が子どもであるかのように、ソースの皿を僕の方に引き寄せてくれた。

「ほら、ディップもしてね」

僕は、彼女の優しさに、思わずふき出しそうになった。

若い頃の僕にとって、成功とは、いかに高級なものを手に入れ、いかに人から羨ましがられるか、だった。

けれど、今の僕にとっての最高の贅沢は、彼女と二人で分け合う、このフライドポテトの塩味なのかもしれない。

仕事の成功の喜びが、このジャンキーでシンプルな味と、彼女の笑顔によって、何倍にも膨らんでいく。

その夜、僕の心は、契約金の額よりもずっと大きな温かさで満たされた。

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