会社の窓から見える夕日は、いつもどこか寂しげだ。
高層ビル群の隙間から差し込む光は、僕の疲れた心を映し出しているように見えた。今日一日、たくさんの数字と向き合い、難しい決断を下してきた。ふと、コーヒーでも飲もうかとデスクを離れ、給湯室に向かう。
自動販売機のコーヒーは、いつもと同じ味。でも、その一口が、少しだけ僕を現実に引き戻してくれる気がした。
この一杯のコーヒーが、いつか彼女との大切な時間になったのは、少し前のことだ。
その日は、いつもより早く会社を出て、彼女と待ち合わせをした。どこに行こうか、特に決めていなかった僕たち。ただ、電車に乗って、街をぶらぶら歩くだけで楽しかった。
「ねぇ、部長の好きなお店、教えてよ」
彼女が僕の腕にそっと触れながら、そう聞いてきた。
「部長」という呼び方は、僕が彼女にそう呼ぶように言ったものだ。照れくさそうに、でも少し嬉しそうに呼んでくれる彼女の声が、僕は好きだった。
僕は彼女を連れて、昔から通っている喫茶店へ向かった。 そこは、決して有名ではないけれど、マスターがこだわりの豆を丁寧に淹れてくれる、隠れ家のような店だ。
店に入ると、コーヒーの香ばしい匂いが漂ってきた。カウンターの席に並んで座り、僕はいつものブレンドを、彼女はカフェオレを頼んだ。
僕がブラックコーヒーを飲むのを見て、彼女は少し不思議そうな顔をした。
「いつも、そんなに苦いものを飲んでるの?」
「ああ。でも、この苦さが、なぜか落ち着くんだ」
彼女は僕の答えを聞いて、クスッと笑いながら自分のカフェオレを一口飲んだ。
「ねぇ、交換しない?」
彼女の突然の提案に、僕は少し戸惑った。
彼女が飲んでいたカフェオレは、少し甘くて、ミルクの優しい香りがした。僕は一口飲んで、少し照れくさくなった。
「なんだか、部長らしくないね」
僕の表情を見て、彼女は嬉しそうに笑った。
その日の帰り道、空には見事な夕日が広がっていた。茜色に染まる空を見上げながら、僕は彼女に言った。
「君といると、不思議と、甘いものが美味しく感じるんだ」
その言葉に、彼女は何も言わなかった。ただ、僕の手を握る力が、少しだけ強くなった気がした。
あの日の夕日とコーヒーの味は、今でも忘れられない。甘くて、そしてどこか温かい。 明日も、彼女との甘い時間が待っていると信じて、僕は残りの仕事を片付けた。