週末、彼女と二人で近所の商店街を歩くのが、最近の楽しみだ。
普段はなかなか訪れることのない場所。活気あふれる声、立ち込める美味しそうな匂い、そして行き交う人々の笑顔。どれもが僕の心を、仕事のオンからオフへと切り替えてくれる。
「あ、コロッケだ!」
彼女が、まるで子どものように目を輝かせて、小さな惣菜店を指差した。
揚げたてのコロッケが、ショーケースの中で琥珀色に輝いている。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、思わず僕も立ち止まった。
「食べたい!」
彼女の無邪気な一言に、僕は少し微笑んでしまう。普段は、僕の健康を気遣って、食事のバランスに気を配ってくれる彼女。そんな彼女が、目の前のコロッケを前に、理性が吹っ飛んだように見えたのが、なんだか面白かった。
「仕方ないな。一つだけだよ」
そう言って、僕は財布から小銭を取り出した。
マスターに「二つください」と伝えると、彼は「はいよ、熱いから気をつけてな!」と威勢のいい声で、揚げたてのコロッケを紙袋に入れてくれた。
紙袋から湯気が立ち上る。僕と彼女は、熱々のコロッケを二人で分け合った。
一口食べると、衣はサクサク、中身はとろりと甘い。肉の旨味とジャガイモの優しい甘さが口いっぱいに広がった。
「んー、美味しい!」
彼女は満面の笑みで、コロッケを頬張る。その無防備な笑顔が、何よりも可愛らしく見えた。
高級なレストランで食べる料理も美味しいけれど、こうして二人で分かち合う、熱々のコロッケが、何よりも贅沢に感じられた。
僕が若い頃、仕事で成功することばかりを考えていた時期があった。美味しいものを食べるため、良い車に乗るため、高級な家に住むため…そのために、がむしゃらに働いてきた。
でも、今の僕にとっての幸せは、そんな物質的なものではなかった。
隣で無邪気にコロッケを頬張る彼女の笑顔。それが、僕にとっての何よりのご馳走だった。
あの日のコロッケの味は、忘れられない。温かくて、甘くて、そして幸せの味がした。
「また来ようね」
彼女が僕にそう言った。
「ああ、もちろん」
僕の心は、コロッケの温かさで、満たされていた。
