朝、少しだけ早起きをして、彼女の朝食を作る。
会社員時代から、朝は忙しく、食事はいつも適当に済ませていた。コーヒーを一杯飲んで、あとはコンビニで買ったおにぎりやパンをかじって、慌ただしく出社する。そんな生活を何十年と続けてきた。
でも、彼女と暮らすようになって、朝の風景はがらりと変わった。
「今日はサンドイッチにしようか」
彼女が寝ている間に、僕はキッチンに立ち、冷蔵庫の中身を覗く。ハムとチーズ、レタスにトマト。あり合わせの材料だけど、彼女のために作るとなると、不思議と心が満たされていく。
パンをトースターで軽く焼き、焦げ付かないように見張る。具材を挟む前に、パンにマスタードを薄く塗る。僕が好きな、ほんの少しのこだわりだ。
完成したサンドイッチは、不格好だけど、なんだか愛おしく見えた。
「んー、いい匂い」
寝ぼけ眼の彼女が、キッチンに現れる。
「起きたのか」
「うん。なんか、いい匂いがするなーって思って」
彼女は僕の作ったサンドイッチをじっと見つめ、そして嬉しそうに微笑んだ。
「これ、わたしが作ったのより、美味しそう」
そんなことを言ってくれる彼女が、たまらなく愛おしい。
二人でテーブルに向かい合い、サンドイッチを頬張る。パンのサクッとした食感、ハムの塩気、チーズのコク、そしてシャキシャキの野菜。そして、僕が隠し味に入れたマスタードの風味が、彼女の顔を少しだけしかめさせた。
「あ、これ、からい!」
彼女がそう言って、少し笑う。
「ごめんごめん、ちょっと入れすぎたかな」
そんなささやかなやりとりが、僕の心を温かくしてくれる。
若い頃、僕はいつも何かに追われていた。仕事に、時間に。でも、今の僕は違う。ただ、隣にいる彼女の笑顔を見るだけで、心が満たされる。
朝の光が窓から差し込み、彼女の髪を金色に染めている。その横顔を見つめながら、僕はゆっくりとサンドイッチを噛みしめた。
この、何気ない朝の時間が、僕にとって、何よりもかけがえのないものだ。
