真夜中に、彼女と二人で車を走らせることがある。
行き先は決めない。ただ、ハンドルを握る僕の横で、彼女が楽しそうに話してくれることが、一番の目的地だ。彼女の声は心地よく、まるでエンジン音と混ざり合うBGMのよう。そんな夜は、いつもより少しだけスピードを緩める。
高速道路のICを降りて、賑やかな大通りを抜け、街灯のまばらな一本道へ。助手席の彼女が「お腹空いたね」とつぶやく。時刻はもう、とっくに日付が変わろうとしている。こんな時間まで付き合わせて、悪いなと思う反面、こんな時間を彼女と過ごせるのが、何よりも嬉しかった。
「焼き鳥、食べたいな」
彼女の言葉に、少し驚く。僕は会社役員として、普段は取引先の重役を接待するような店に行くことが多い。当然、金額もそれなりにするし、味も一流だ。でも、彼女の望むものは、そんな肩書きとは何の関係もない。
しばらく走って、やっと見つけた小さな焼き鳥屋。提灯の明かりが、なんだか温かい。店に入ると、威勢のいい大将が「いらっしゃい!」と迎えてくれた。カウンターの隅に並んで座る。
普段はスーツ姿の僕が、Tシャツにデニムで飲む姿を見て、彼女がくすっと笑う。
「ふふ、部長って感じがしないね」
この時ばかりは、役員だとか年収だとか、そんなものはどうでもよかった。彼女の隣にいる僕は、ただの「僕」なんだと、心からそう思えた。
運ばれてきた焼き鳥を、彼女は本当に美味しそうに食べる。僕も負けじと頬張った。一口食べるごとに、彼女と目が合って、どちらからともなく笑い合う。僕が食べるペースが遅いと、「はい、あーん」なんて言って、僕の口元に焼き鳥を差し出してくれる。
普段の仕事では、こんな無邪気なやりとりをすることなんてない。まるで若い頃に戻ったみたいで、少し照れくさかった。
店を出て、再び車に乗り込む。窓の外は、もうすっかり静まり返っている。隣を見ると、彼女はもう、すやすやと眠っていた。穏やかな寝顔を見ていると、なぜか胸がぎゅっと締め付けられるような、切ない気持ちになる。
ああ、この時間が、この温かい気持ちが、ずっと続いてくれたらいいのに。
若い頃、僕はいつも何かに焦っていた。仕事で成功すること、お金を稼ぐこと、人から認められること。でも、今の僕が一番大切にしたいものは、この寝顔の隣にいる時間なのかもしれない。
目的地のない夜のドライブ。車窓から見える月が、どこか優しく、僕たちを見守ってくれているような気がした。