第7話 雲と綿あめ

休日の午後、天気予報は晴れ。僕たちは、ただなんとなく、大きな公園に出かけた。

芝生にシートを広げ、僕は本を開き、彼女はスマートフォンをいじる。そんな、何をするでもない時間が、一番贅沢だと感じるようになったのは、いつからだろう。

ふと、彼女が隣で「わぁ」と声を上げた。

「見て、あの雲。なんか、すごく美味しそう」

空を見上げると、真っ青なキャンバスに、大きな白い雲がゆったりと流れていた。確かに、その形は、僕が子どもの頃に食べた、あの綿あめにそっくりだ。

「あれ、砂糖菓子みたいだね」

僕がそう言うと、彼女は笑いながら「うん。もし食べられたら、どんな味がするんだろう?」と尋ねてきた。

「そうだな……」

若い頃、僕は仕事で成功する夢、お金持ちになる夢、人から認められる夢を追いかけていた。雲を掴むような話だと笑われても、がむしゃらに手を伸ばしていた。あの頃の僕にとって、雲は手の届かない成功の象徴だったのかもしれない。

「ちょっと切ない味がしそうだね」

彼女の言葉に、僕はハッとした。

僕はたくさんのものを手に入れたけれど、同時に、たくさんの時間や、大切な何かを見落としてきたような気がする。

彼女は何も言わなかった。ただ、僕の手をそっと握り返してきた。その手の温かさが、僕の心を静かに満たしていく。

「ねぇ、本物の綿あめ、食べたいな」

彼女は立ち上がり、僕の手を引っ張った。

公園の近くには、小さな駄菓子屋があった。僕は少し照れくさかったけれど、彼女と二人で並んで、大きなピンク色の綿あめを買った。

フワフワで、口に入れるとすぐに溶けてしまう。子どもの頃に感じた、あの無邪気な甘さが口の中に広がった。

大きな綿あめを二人で分け合いながら、空を見上げる。さっきまで綿あめに見えていた雲は、形を変えて、ゆっくりと流れていた。

雲は、いつだって手が届かない。でも、その雲を、綿あめに見立てて、無邪気に笑い合える君が隣にいる。それが、今の僕にとっての、何よりも確かな幸せだった。

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