第6話 バイク

週末、ガレージのシャッターを開ける。そこに鎮座しているのは、僕が長年愛用しているバイクだ。

若い頃、仕事で成功することだけを考えていた。でも、その成功の先に何があるのか、僕はまだ知らなかった。そんな時、バイクだけが僕を自由に解き放ってくれた。風を切り、エンジンの鼓動を感じながら走る時間が、僕にとっての唯一の現実だった。

あの頃の僕は、いつも一人だった。

けれど、今は違う。

彼女が「ねぇ、バイクの後ろに乗せてよ」と言ってから、僕の週末は、全く違うものになった。

慣れないヘルメットを被って、少し緊張した面持ちの彼女。僕は、優しく彼女の手を取って、バイクに跨るのを手伝う。

「しっかり捕まってて」

僕がそう言うと、彼女は僕の背中にぎゅっとしがみついた。背中に伝わる彼女の温かさが、僕の心を温かくする。

エンジンをかけると、低く響く音がガレージにこだました。

夜の国道を走る。街の光が、まるで星のように流れていく。風が僕たちの間を通り過ぎていく。ヘルメット越しに聞こえる、エンジンの音が心地よかった。

「ねぇ、部長!」

ヘルメットの向こうから、彼女の声が聞こえる。

「なあに?」

「楽しいね!」

その一言が、僕の心を温かくした。

若い頃、僕はただ、自由を求めてバイクに乗っていた。どこまでも遠くに行けば、何かが見つかると思っていた。

でも、今の僕が一番見つけたいものは、すぐ隣にあった。

この、何にも縛られない自由な感覚。そして、その自由を分かち合える相手が、僕の背中にいること。

僕が長年、一人で走ってきたこの道に、彼女というかけがえのない存在が加わった。

diary
ゆう

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

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