「これ、本当に美味しいと思ってるの?」 彼女が少し眉を寄せ、僕が差し出したスプーンを覗き込む。青色の冷たい塊には、不規則な形のチョコチップが点在している。
「美味しいよ。この清涼感と甘さが混ざり合う瞬間が、一番『今』を感じる気がするんだ」 僕はそう言って、もう一口運ぶ。鼻先を突き抜けるミントの香りが、初夏の湿った空気を一瞬で浄化していく。かつて工場で機械の精度を管理していた頃の私は、こうした「好き嫌いが分かれるもの」の存在意義を、効率や数字で定義しようとしていたかもしれない。
けれど、今の僕は違う。理屈を捨て、ただ目の前にあるアイスの冷たさと、それを怪訝そうに見つめる彼女の瞳の輝きを、高い解像度で記憶に刻もうとしている。
「一口、食べてみる?」 僕がそう促すと、彼女は「……少しだけね」と、僕の手からスプーンを奪うようにして口に含んだ。
「……やっぱり、歯磨き粉を食べてるみたい」 そう言って笑う彼女の口角には、小さなチョコの欠片が残っている。僕はそれを見て、思わず吹き出してしまった。仕事で内部監査を完璧にこなすような私が、こんなにも無防備に笑うのは、彼女の前だけだ。
「いつでもウェルカムだよ」と心の中で呟きながら、僕は彼女のペースに合わせて歩幅を緩める。彼女の好き嫌いも、この不完全な午後のひとときも、すべてをしなやかに受け入れていたい。
「次は、普通のバニラにしようね」 彼女が笑いながら僕の腕にそっと触れる。その指先の温度と、口の中に残るミントの余韻。
「そうだね。次はそうしよう」 正解を求める「足し算」の会話はいらない。ただこの瞬間、少しだけ隙を見せた僕の隣で、彼女がほっこりと笑っている。その事実だけで、僕は十分に満たされていた。
