久しぶりに、防湿庫の奥から一眼レフを取り出した。
かつて生産技術の現場で、機械の緻密な構造に向き合っていた頃の癖だろうか。僕は、この金属とガラスの塊が持つ「精密な重み」を手にすると、妙に心が落ち着く。シャッターを切る際の、指先に伝わる確かな機械的振動。それは電子音では決して代替できない、作り手の意思が宿った手応えだ。
「何撮ってるの?」
隣を歩く彼女が、不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないよ」
僕はファインダーを覗いたまま、小さく答える。 レンズ越しに見る世界は、肉眼で見るよりもずっと静かで、鮮明だ。僕は昔から、物事を顕微鏡で見るように微細に捉える癖がある。例えば、深呼吸をするとき、肺全体ではなく、その奥にある一つひとつの肺胞が膨らんでいく様子を思い描くような、そんな解像度の高い視界だ。
一眼レフで写真を撮るという行為は、僕にとって「引き算」の作業に似ている。
目の前に広がる膨大な情報のなかから、何を残し、何を捨てるか。余計なものをフレームの外に追いやり、本質だけを切り取る。そのストイックな過程は、僕が理想とする「引き算の美学」そのものだ。
ふと、ファインダーの中に彼女が収まった。
逆光の中で、彼女の髪が柔らかく光を孕んでいる。ピントを合わせると、彼女のまつ毛の震えまでが克明に浮かび上がった。
「あ、今の顔、すごくいいよ」
僕は迷わずシャッターを切った。 そこには、僕が言葉に尽くせなかった「今のこの瞬間」が、完璧な構図で収まっていた。
世界は、僕がコントロールできるほど単純ではないけれど、驚くほど美しい瞬間に満ちている。
「ねぇ、今の写真、あとで見せてね」
彼女が嬉しそうに笑う。 僕はカメラを首から下げ直し、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
