「うーん、こっちのトープも落ち着いていて素敵だけど……今のあなたなら、こっちの少し青みがかったセージグリーンのほうが、瞳の光がきれいに見えると思うな」
彼女が二つの生地見本を私の胸元にかざしながら、熱心に首を傾げている。 週末の午後、私たちは小さなカラー診断のサロンにいた。かつて製造現場で機械の構造や正確な数値を管理していた私は、色彩といえば「規格内の波長」や「塗装のロット番号」として処理するものだった。色の組み合わせに「正解」や「不正解」があるなど、論理的に説明がつかないと思っていたのだ。
けれど、目の前で楽しそうに私の「似合う色」を探してくれている彼女を見つめていると、そんな理屈はどうでもよくなってくる。
「どう? 自分では選ばない色でしょう?」 彼女が覗き込むようにして私に微笑みかける。確かに、私のクローゼットは効率を重視した無彩色ばかりだ。
「そうだね。自分では絶対に手に取らない色だ。でも……君がそう言うなら、それが正解なんだと思う」
私が少し照れくさそうに白白と白旗を上げると、彼女は「ふふ、素直でよろしい」と満足そうに笑った。 普段、職場で厳しい眼差しで行っている私が、こんな風に彼女の直感に100%身を委ね、主導権を渡して靡いている。その「隙」こそが、彼女の前だけで私が呼吸できる、一番居心地のいい余白なのだ。
完璧な男である必要はない。「いつでもウェルカムだよ」と心を開き、彼女の感覚に自分のリズムを重ね合わせていく。効率を求める「足し算」の生き方を削ぎ落とした先にある。
サロンを出ると、5月の終わりの柔らかな光が街を包んでいた。 「ねえ、さっそくあのセージグリーンのシャツ、探しに行こうよ」 彼女が私の腕を引く。
「ああ、行こう」 彼女の瞳に映る私の輪郭が、いつもより少しだけ、新緑の風のように鮮やかに見えた。
