第17話 カラーコーディネイト

「うーん、こっちのトープも落ち着いていて素敵だけど……今のあなたなら、こっちの少し青みがかったセージグリーンのほうが、瞳の光がきれいに見えると思うな」

彼女が二つの生地見本を私の胸元にかざしながら、熱心に首を傾げている。 週末の午後、私たちは小さなカラー診断のサロンにいた。かつて製造現場で機械の構造や正確な数値を管理していた私は、色彩といえば「規格内の波長」や「塗装のロット番号」として処理するものだった。色の組み合わせに「正解」や「不正解」があるなど、論理的に説明がつかないと思っていたのだ。

けれど、目の前で楽しそうに私の「似合う色」を探してくれている彼女を見つめていると、そんな理屈はどうでもよくなってくる。

「どう? 自分では選ばない色でしょう?」 彼女が覗き込むようにして私に微笑みかける。確かに、私のクローゼットは効率を重視した無彩色ばかりだ。

「そうだね。自分では絶対に手に取らない色だ。でも……君がそう言うなら、それが正解なんだと思う」

私が少し照れくさそうに白白と白旗を上げると、彼女は「ふふ、素直でよろしい」と満足そうに笑った。 普段、職場で厳しい眼差しで行っている私が、こんな風に彼女の直感に100%身を委ね、主導権を渡して靡いている。その「隙」こそが、彼女の前だけで私が呼吸できる、一番居心地のいい余白なのだ。

完璧な男である必要はない。「いつでもウェルカムだよ」と心を開き、彼女の感覚に自分のリズムを重ね合わせていく。効率を求める「足し算」の生き方を削ぎ落とした先にある。

サロンを出ると、5月の終わりの柔らかな光が街を包んでいた。 「ねえ、さっそくあのセージグリーンのシャツ、探しに行こうよ」 彼女が私の腕を引く。

「ああ、行こう」 彼女の瞳に映る私の輪郭が、いつもより少しだけ、新緑の風のように鮮やかに見えた。

diary
naocha

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

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