第26話 梅雨寒

窓の外では、夕方からしとしとと途切れのない雨が降り続いている。

日中はそれなりに蒸し暑さを感じる日もあるけれど、雨が連れてくる夜の空気は、思いのほかひんやりとしていた。半袖のシャツ一枚では少し心細く、部屋の中にいても身震いしてしまうような、絵に描いたような梅雨寒の夜だ。

暖房を入れるほどではないけれど、何か羽織るものが欲しい。 そう思って、寝室のクローゼットを開けた。

僕のシンプルな服が並ぶハンガーの並びに、少しだけ違う色彩の、柔らかなグレーの大判ストールが静かに掛けられている。彼女が「また使うから」と言って、いつの間にかここに定位置を作ったものだ。

少しだけ躊躇したけれど、そのストールを手に取り、リビングのソファへ戻った。

広げて膝の上に掛けると、ウール混の優しい柔らかさがじんわりと肌に伝わってくる。僕が持っているものよりもずっと軽くて、どこか甘い、お気に入りの柔軟剤の香りが微かに鼻をくすぐった。

部屋の明かりを落とし、小さなキャンドルに火を灯す。 キッチンでケトルを火にかけ、今夜はただの白湯ではなく、彼女が冷蔵庫のドアポケットに残していった、小さな生姜のはちみつ漬けをスプーン一杯、お湯に溶かしてみた。

マグカップから立ち上る、ピリッとした生姜の香りと湯気。

一口飲むと、喉から胸の奥、そしてお腹の底へと温かい塊がゆっくりと降りていく。 膝の上のストールと、手元のはちみつ生姜。一人で過ごす平日の夜なのに、部屋のあちこちに残っている彼女の「足跡」が、僕の身体を二重に温めてくれているような気がした。

かつての僕なら、こういう肌寒い夜は、ただ寒さを我慢するか、機械的にエアコンのスイッチを入れて部屋を暖めて終わりだった。効率を求めるだけの、味気ない引き算。

けれど今は、誰かが置いていったモノや、誰かが残していった知恵を借りて、この不便な寒さを愛おしむ心の余白がある。

言葉にして「一緒に住んでいる」わけでも、毎日ベタベタと連絡を取り合うわけでもない。お互いの生活のリズムを崩さない、付かず離れずの静かな距離感。それでも、こうして一人の夜にふと訪れる梅雨寒の中で、その存在の温かさを静かに確かめることができる。

スプーンがマグカップの底に当たる、小さな金属音だけが響く部屋。 窓を打つ雨の音はまだ続いているけれど、僕の心は驚くほど穏やかで、満ち足りている。

半分ほど残った生姜湯をゆっくりと飲み干し、僕はストールの端を少しだけ整えた。今週末、彼女がまたこの部屋の鍵を開けて入ってくるときには、この雨もあがっているだろうか。

diary
naocha

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

naochaをフォローする
シェアする
タイトルとURLをコピーしました