第31話 ボールペン

一日の終わりに、机の前に座る。

部屋の明かりを落とし、キャンドルに火を灯す。引き出しからノートを開き、ペン立てからいつもの黒いボールペンを一本、抜き出した。金属製の程よい重みがある、何年も愛用しているお気に入りの一本だ。

そのとき、ペン立ての端に、いつもは見慣れないもう一本のペンが静かに収まっているのが目に入った。

プラスチック製の、少し細身のボールペン。クリップの部分には、彼女が好きなキャラクターの小さなイラストが印刷されている。週末、彼女がこの部屋で何かの作業をしたときに、うっかり忘れていったものだろう。

自分の無骨なペンと、彼女の少し可愛らしいペンが、一つの小さなグラスの中に並んでいる。

その些細な風景が、なんだか妙に愛おしくて、僕はペンを握ったまま少しだけにやけて(小さく微笑んで)しまった。

かつての僕は、自分のパーソナルな空間に他人のモノが混ざることを、どこか無意識に避けていたところがあった。自分のルールで統一された、完璧にコントロールされた部屋。そこに他人の生活感が加わることは、ノイズのように感じていたのかもしれない。

けれど、今の僕は違う。 自分の日常の中に、彼女の生活の足跡がごく自然に、何気なく混ざり込んでいるこの緩やかさが、たまらなく心地いい。

「半同棲」という明確な境界線を引いているわけではない。 お互いの家があり、平日はそれぞれの場所で、それぞれの時間を淡々と過ごしている。それでも、こうして一人の平日の夜に、彼女が残していった一本のペンを見つけるだけで、部屋の静寂が優しい温もりに満たされていくのが分かる。

ノートに、今日あった出来事を淡々と書き進める。 ペン先が紙を滑る、サリサリというかすかな音だけが部屋に響く。

ひと通り書き終えたあと、僕はなんとなく、彼女の残していった細身のペンを手に取ってみた。自分のものよりずっと軽くて、指先に触れるプラスチックの質感が新鮮だ。ノートの隅に、ほんの少しだけ試し書きをしてみる。

僕のペンよりも、少しだけ細くて、丸みのある文字が残った。

「……あぁ、書きやすいな」

ポツリと呟いた言葉が、静かな部屋に溶けていく。 次の週末、彼女が部屋にやってきて「あ、私のペン、ここに忘れてたんだ」と気づく瞬間を、僕は今から少しだけ楽しみにしている。

自分のペンを元の位置に戻し、その隣に彼女のペンをそっと並べ直した。 淹れたてのコーヒーを一口飲み、身体の奥がじんわりと温まるのを感じながら、僕はゆっくりとノートを閉じた。

diary
naocha

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

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