7月も半ばを過ぎると、夕方になっても地面が熱を帯びたまま、気だるい空気が街に満ちている。
仕事から帰宅し、窮屈な革靴を脱ぎ捨てて、すぐに裸足になった。冷たいフローリングの感触が、火照った足の裏に心地いい。
ふと、ベランダに目を向ける。
網戸の向こう、夕風が通り抜けるベランダには、僕が普段使っている黒くて大きなラバーサンダルが置かれている。 その隣に、いつの間にか、それよりもふた回りほど小さな、ベージュ色のサンダルが並んでいた。週末に彼女がやってきたときに、「ベランダ用ね」と言って置いていったものだ。
自分の無骨で大きいサンダルと、彼女の小さなサンダル。 二つの靴が夕日に照らされて、影を長く伸ばしている。
「ちょっと、サンダル借りるね」
いつだったか、平日の夜にふらりと寄った彼女が、コンビニへ炭酸水を買いに行くと言って、僕の大きいサンダルをパタパタと鳴らしながら履いて出かけたことがあった。 サイズが合わなくて、かかとが大きく余っている後ろ姿。その何気ない風景を思い出し、僕は少しだけ小さく微笑んでしまった。
かつての僕にとって、自分の部屋の玄関やベランダは、自分だけのサイズに完璧に整えられた場所だった。他人のモノがそこにある生活感は、どこか居心地の悪さを伴うものだと思い込んでいたのかもしれない。
けれど、今の僕は違う。 自分のサイズよりもずっと小さなモノが、ごく自然に、境界線もなくそこにあること。その些細な変化が、一人の部屋の静寂を、とても優しい温もりで満たしてくれる。
言葉にして何かを縛るわけでもなく、将来の約束を急ぐわけでもない。平日はそれぞれの場所で過ごし、こうして残されたモノの気配だけで、お互いの存在を静かに確かめ合う。その明確にしない緩やかさが、僕たちにとっての一番心地よい距離感なのだと思う。
部屋の明かりを落とし、キャンドルに火を灯した。 一日の仕事の緊張を綺麗に引き算していく。
窓の外の空は、いつの間にか深い夜の藍色に包まれていた。 今週末、彼女がまたこの部屋のドアを開けて入ってくるとき、玄関にはどんな風に二人の靴が並ぶだろうか。
特別な出来事は何もない、けれど、これ以上ないほどに満たされた、夏の夜の記録。
