初夏の夜の空気は、少し歩くだけで肌にまとわりつくような熱を帯びている。
仕事帰りの火照った身体を落ち着かせたくて、部屋に帰るとすぐに冷蔵庫を開けた。少し前に彼女が「これ、美味しいんだよ」と言って、僕の部屋の冷蔵庫にそっと入れていってくれた、季節のフルーツが冷えている。
今夜はキウイと、一房のシャインマスカット。
一人暮らしの男の冷蔵庫に、こうしたみずみずしい果物が並ぶことは、かつてはまず無かった。日持ちのする野菜や、手軽に食べられるレトルト。効率だけを考えれば、フルーツの皮を剥くという手間は、僕にとって真っ先に引き算されるべき「面倒な作業」だったからだ。
けれど、キッチンでナイフを握り、丁寧にキウイの皮を剥いていくその指先に集中していると、不思議と頭の中の雑念が消えていく。
トントン、と小さなカッティングボードの上で果実を切り分ける音が、静かな部屋に響く。
ガラスの器に盛り付けると、鮮やかなグリーンがキャンドルの光を反射して、まるで小さな宝石のようにきらめいた。
ソファに戻り、並んで座っている彼女の前に器を置く。彼女は「わあ、上手に剥けたね」と嬉しそうに目を細め、フォークを伸ばした。
僕も一口、口に運ぶ。
「……ん、冷たくて美味しい」
口いっぱいに広がる、みずみずしい甘酸っぱさ。 砂糖の強い甘みや、手の込んだスイーツの濃厚さとは違う、素材そのものが持つ自然な潤いが、乾いた喉と身体にすーっと染み込んでいく。
私たちは日々、言葉によるコミュニケーションや、目に見える形での「約束」を求めがちだ。関係性に名前をつけたり、未来の予定をカレンダーで埋め尽くしたり。でも、僕たちの間には、そういう窮屈な足し算は必要ない。
平日はお互いの場所で淡々と過ごし、週末になれば、こうしてどちらからともなく同じ部屋に集まる。そして、冷蔵庫に残されたフルーツを、ただ「美味しいね」と言い合いながら分け合う。
その明確にしない緩やかさこそが、僕たちの乾いた日常を一番優しく潤してくれる。
「これ、アタリだね」と笑う彼女の口元を眺めながら、僕の心には凪のような平穏が広がっていた。
器が空になる頃には、身体の火照りもすっかり引き算され、心地よい涼しさが残った。明日はまた、それぞれの一日が始まる。けれど、このみずみずしい夜の記憶があれば、僕たちはいつでも、自分の心地よいリズムに戻ることができる。
