第30話 白いスニーカー

梅雨の晴れ間がのぞいた、週末の午前中。

僕はベランダに小さなバケツとブラシを持ち出し、スニーカーの手入れをすることにした。先週のハイキングで土汚れがついた、お気に入りの白いスニーカーだ。

ふと見ると、ベランダの隅には、僕のものとよく似たデザインの、少し小さな白いスニーカーが並べて置かれていた。彼女が「私のも、ついでにお願いしていい?」と、悪戯っぽく微笑みながら置いていったものだ。

バケツに入れたぬるま湯に、少量の洗剤を溶かす。 ブラシに水を含ませ、まずは彼女の靴から、アッパーの汚れを優しく落としていく。

ゴシゴシと規則正しい音が、静かな午前中の空気に響く。

かつての僕は、靴が汚れたら買い替えるか、あるいは汚れが目立たない黒やネイビーの靴ばかりを選んでいた。白い靴を綺麗に保つための「手入れ」というひと手間を、面倒な足し算のように感じていたからだ。

けれど、こうして一つのモノと向き合い、汚れを丁寧に引き算していく作業は、どこか心を無にしてくれる。

キャンバス地の隙間に入り込んだ土が落ち、本来の潔い白さが戻っていく。そのプロセス自体が、頭の中の余雑な思考を削ぎ落としてくれるようで、心地いい。

彼女の靴を終え、次に自分の大きなスニーカーを洗う。 二足の靴を水できれいに洗い流し、水気を切ってから、ベランダの日当たりの良い場所に並べて干した。

青空の下、並んで陽の光を浴びている、大小二つの白いスニーカー。

私たちは、「これからもずっと一緒にいよう」とか、「将来はこうしよう」といった、重たい言葉の足し算はしない。お互いの仕事があり、それぞれの生活のペースがある。

でも、こうして週末になれば同じ部屋で過ごし、同じように汚れた靴を並べて洗い、同じ太陽の光で乾かす。言葉にしない、明確にしない半同棲だからこそ、この「並んでいる靴」というささやかな物証が、何よりも確かな温もりとして心に沁みる。

「わあ、真っ白。ありがとう」

いつの間にか起きてきた彼女が、ベランダの窓を開けて、嬉しそうに目を細めた。手には、二つのマグカップ。

すっかり綺麗になった白いスニーカー。 これが乾いたら、私たちはまたそれぞれの歩幅で、それぞれの平日を淡々と歩き出す。そして週末が来れば、またこの真っ白な靴を履いて、どこか静かな場所へ並んで出かけるのだろう。

特別な出来事は何もない、けれど、これ以上ないほどに満たされた、ある週末の記録。

diary
naocha

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

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