梅雨の晴れ間がのぞいた、週末の午前中。
僕はベランダに小さなバケツとブラシを持ち出し、スニーカーの手入れをすることにした。先週のハイキングで土汚れがついた、お気に入りの白いスニーカーだ。
ふと見ると、ベランダの隅には、僕のものとよく似たデザインの、少し小さな白いスニーカーが並べて置かれていた。彼女が「私のも、ついでにお願いしていい?」と、悪戯っぽく微笑みながら置いていったものだ。
バケツに入れたぬるま湯に、少量の洗剤を溶かす。 ブラシに水を含ませ、まずは彼女の靴から、アッパーの汚れを優しく落としていく。
ゴシゴシと規則正しい音が、静かな午前中の空気に響く。
かつての僕は、靴が汚れたら買い替えるか、あるいは汚れが目立たない黒やネイビーの靴ばかりを選んでいた。白い靴を綺麗に保つための「手入れ」というひと手間を、面倒な足し算のように感じていたからだ。
けれど、こうして一つのモノと向き合い、汚れを丁寧に引き算していく作業は、どこか心を無にしてくれる。
キャンバス地の隙間に入り込んだ土が落ち、本来の潔い白さが戻っていく。そのプロセス自体が、頭の中の余雑な思考を削ぎ落としてくれるようで、心地いい。
彼女の靴を終え、次に自分の大きなスニーカーを洗う。 二足の靴を水できれいに洗い流し、水気を切ってから、ベランダの日当たりの良い場所に並べて干した。
青空の下、並んで陽の光を浴びている、大小二つの白いスニーカー。
私たちは、「これからもずっと一緒にいよう」とか、「将来はこうしよう」といった、重たい言葉の足し算はしない。お互いの仕事があり、それぞれの生活のペースがある。
でも、こうして週末になれば同じ部屋で過ごし、同じように汚れた靴を並べて洗い、同じ太陽の光で乾かす。言葉にしない、明確にしない半同棲だからこそ、この「並んでいる靴」というささやかな物証が、何よりも確かな温もりとして心に沁みる。
「わあ、真っ白。ありがとう」
いつの間にか起きてきた彼女が、ベランダの窓を開けて、嬉しそうに目を細めた。手には、二つのマグカップ。
すっかり綺麗になった白いスニーカー。 これが乾いたら、私たちはまたそれぞれの歩幅で、それぞれの平日を淡々と歩き出す。そして週末が来れば、またこの真っ白な靴を履いて、どこか静かな場所へ並んで出かけるのだろう。
特別な出来事は何もない、けれど、これ以上ないほどに満たされた、ある週末の記録。
