第20話 レコードとノイズ

外は静かな雨が降っている。 薄暗い部屋の中で、彼女が嬉しそうに抱えてきた古いレコードを、新しく迎えたプレーヤーにセットした。 ゆっくりとアームが動き、針が黒い溝に落ちる。

パチパチ、という、少し乾いたノイズがスピーカーから漏れた。その後に、擦り切れたような古いジャズの旋律が、部屋の湿った空気に溶け出していく。

音響の精度や歪みのないデジタルな音質を知る私にとって、かつてならこの雑音は「排除すべき欠陥」だった。しかし、ソファで一つの毛布を分け合いながら、その音に耳を澄ませている今、このノイズこそが愛おしい「余白」に思えるから不思議だ。

「ちょっと雑音が多いかな?」 彼女が私の顔を覗き込み、少し心配そうに眉を下げる。

「ううん。このパチパチっていう音が、この部屋をいつもより広く、静かに感じさせてくれる。すごくいいよ」 私がそう言って彼女の肩を寄せると、彼女は安心したように私の胸に頭を預けた。

完璧である必要なんて、どこにもない。欠けているからこそ、不完全だからこそ、人は愛おしく、寄り添うことができる。社会の中で隙なく生きようとする彼女が、私の隣でだけは、このレコードの傷のように、自分の弱さを無防備に晒してくれている。

音楽の合間に響く不規則な揺らぎを、私たちはただの心地よさとして全肯定していた。

「ねえ、次の休みも、古いレコード屋さんに行こうね」 彼女が目を閉じたまま、小さく呟く。

「ああ、行こう。今度はどんな傷のある曲に出会えるか、楽しみだ」 雨の音と、古いレコードのノイズ。その不完全な調和の中で、私たちの時間は、静かに、けれど確かに満ちていっていた。

diary
naocha

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

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