第33話 夏のトンボ

仕事帰りの夕暮れ時、街のコンクリートが昼間の熱をじっと吐き出している。

部屋に戻り、ネクタイを緩めて真っ先にベランダの窓を開けた。夕方の風は、室内のこもった空気よりもいくらか涼しく、肌に心地いい。キッチンで手早くインスタントコーヒーを淹れ、温かいマグカップを片手に、再びベランダへと出た。

遠くの空が、ゆっくりと茜色から薄紫色のグラデーションへと染まっていく。

ぼんやりとコーヒーをすすりながらその景色を眺めていると、視界の端を、小さな影がすうっと横切った。

夏のトンボだ。

まだ秋のそれのように群れて飛ぶわけではなく、一匹、また一匹と、高い空を気持ちよさそうに滑空している。夕日を浴びて、その薄い羽が一瞬だけきらりと金色に光った。

かつての僕なら、日々の忙しさに追われ、空を見上げることすら忘れていた。トンボを見かけたとしても、「もうそんな季節か」と記号的に処理して、すぐにスマホの画面に目を戻していただろう。効率的に時間を使い、スケジュールを消化することだけに追われていた、引き算のない暮らし。

けれど今は、こうしてベランダの手すりに寄りかかり、コーヒーの湯気の向こうで気ままに円を描くトンボの姿を、ただ淡々と目で追う心の余白がある。

ふと見ると、ベランダの物干し竿の端に、昨日彼女が干していった小さなハンカチが、夕風に吹かれて静かに揺れていた。

言葉で何かを約束しているわけではないし、大袈裟なルールがあるわけでもない。平日はそれぞれの場所で自分の時間を過ごし、週末になれば、どちらからともなくこの部屋に集まる。そのつかず離れずの距離感が、今の僕には驚くほど自然に馴染んでいる。

夕空を飛ぶトンボのように、お互いの自由な軌道を邪魔せず、それでも同じ空間の空気を心地よく共有している。そんな静かな関係の体温を、残された一枚のハンカチの気配から、じんわりと受け取っていた。

トンボの影が、だんだんと深くなっていく夜の闇に紛れて見えなくなる。

最後の一口のコーヒーを飲み干すと、インスタントの心地よい苦味が、身体の芯をそっと落ち着かせてくれた。

部屋に戻り、いつものように明かりを落としてキャンドルに火を灯す。 明日もまた、いつも通りの淡々とした一日が始まる。けれど、この夕暮れ時に見上げた小さな羽のきらめきと、部屋に漂う穏やかな気配があれば、僕はいつでも自分の心地よいリズムを守っていくことができる。

diary
naocha

製造現場の最前線で、長らく生産技術の仕事に携わってきました。
工作機械の緻密な構造や厳格な規律、そして効率化という名の「引き算」の世界で、日々研鑽を積んできた背景があります。
しかしある時、完璧な設計図の中にも「ゆらぎ」があることに気づきました。
それは、昼と夜の境界に現れる茜色の夕焼けや、どこからともなく漂う金木犀の香りのような、数値化はできずとも確かにそこに「在る」美しさです。
現在は、技術者としての客観的な視点を持ちつつ、物事の「中今(なかいま)」を大切にする精神で、何気ない日常を静かに観察しています。
このブログ『満月を知る』では、物事の本質を見抜こうとする、技術者ならではの視点余計な思考を削ぎ落としていく「引き算」の暮らし矛盾を抱えたまま、ただ「居る」ことの心地よさこれらを大切にしながら、日々の断片を綴っています。私にとって、そしてあなたにとって、世界が「塩大福」のような、甘みと渋みが調和した満腹な場所でありますように。

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